台湾と中国の隔たり
香港の月刊誌『鏡報』(1991年6月号)が伝えるところによると・・・
鐵乱時期終結宣言の直後、鄙小平氏は江沢民総書記や楊尚昆国家主席らを前に、台湾問題について次のように語ったといいます。
「われわれは国民党と20年戦い、180年も対峙した。
そして40年余りも待ったが、さらには20世紀の終わりまで、あるいはもっと長く待たなければならないかもしれない。
われわれは台湾海峡を封鎖しようと思えばいつでもできるが、それをしないのは台湾側にもっと現実的な統一のための方式を提示してほしいと希望するからだ」。
・・・こうした鄙小平談話から1か月後、中国の週刊誌『瞭望』(海外版)は戯乱時期終結後の台湾問題を論ずる評論員論文を掲載しました(1991年6月号)。
このなかで、鐵乱時期の終結は両岸関係の発展にとって新たな契機になると評価しながらも、台湾が再3要求している中国からの『善意ある回答』の実質とは、
「台湾当局を対等な立場を持つ政治実体として認め、いわゆる『弾性外交』という台湾の外交自主政策を承認し、国際社会のなかで台湾独自の生存空間を認めよという主張にほかならず、これは中国と台湾の分裂を固定化し、祖国の統一事業を損なうものだ」
・・・と、強い調子で非難していました。
こうしたやりとりを見るかぎり、台湾と中国の隔たりはまだまだ大きいと言わざるをえません。