移民の暮らし 5
移住当初はアッピン、イラワラ付近のアイルランド人入植地に腰をすえ、その後はブルーマウンテンズを横断し、ヤス地域へと移動しました。
ヨーク州出身のローレス兄弟、クレメントとポールはさらにめざましい成功を収めました。
1840年、リバプールを出港した2人は、ハンターバレーで一時暮らした後、クイーンズランドのモレトンベイ地方へと移ります。
1850年代までに、2人の兄弟は合わせて281マイル四方(約725キロメートル四方)もの広大な土地を管理するまでになっていました。
2人は他の移民の例に習い、40代になってから、アイルランド人の花嫁を娶るために故国に戻りました。
その後はアイルランドとクイーンズランドの間を行き来し、最終的には、共にアイルランドで永遠の眠りについたのです。
彼らの子孫はオーストラリアに残り、大家族を築きあげ、その家系は今なお途切れることなく続き、開拓者であった先祖の手になる農場経営を続けています。